
無理と夢中という話。
無理、は 夢中でやってることであれば
それは無理することにはならない。
頑張ってやったのだから認めて欲しい、というような
条件的で不純な気持ちが含まれないということ。
やりたいから、夢中。
だから、結果的に夢中でやったこと、時間を費やしたことは
人生を大いに豊かにしているものだと思う。
そうはいっても仕事の場合、期限があったりして疲弊もするし、ストレスも満載だったりする。クライアントの意見と合わないこともあれば 自分勝手にはいかないことも多いわけだ。
しかし、価値と楽しさを見出す能力を鍛えれば、そこに夢中はちゃんとついてきます。
やりたい範囲の無理しない楽しさ、ではなくリスクをとり、自分の範囲をこえた無理を夢中でやり遂げていくからこそ、可能性が広がっていくのだ。
しかしこれも「過去」の武勇伝ではどうしようもないだろう。
夢中な無理を一つもせず
ラクを選ぶ人生を否定もしない。
しかし私はこう思う。
自分の過去の実績やできそうな仕事の範囲、で「こなす」ようになれば、それもまたそこに 夢中は存在しない。
他者や社会からは「余裕」に見えても、こうした「むなしさ」を
私にこぼし、本音を聞くことは、実は多いんです。
パーソナルスタイリストって、日々、その人の 「素」に迫る仕事ですからね。
また少し若い世代では
やりたいからめをそむけ、夢を諦めたり、
うまくいかないことを年齢や誰かのせいにしてみたり。
何をやっても、やらされている感になり、うまくいってそうな人がうらやましく、文句が多い人生。
それでも何事も無いように笑っているのだと。
結果
もっとも質が悪い無理をして生きることになる。
そういうのが一番 無理してんじゃないか、って私は思う。
さぁ 夢中になろう。
子供のような心を思い出して。
夢中になって無理をしてみることは、悪いことじゃない。
もっと若い世代では
時代があいまって、頑張ることが逆に怖いという若者たちもいる。頑張っている姿を見せると、周りにうざがられて育った世代だと。
何も心配は要らない。
頑張りたくて頑張るのは夢中だからって。うざいなんていう
ひとは、君がうらやましいだけだって。
思いきり、夢中になろう。
そして夢中には年齢がない。期限も無い。
誰だって、今日から夢中になれる何かに向かうことは可能なのだ。
学校で学ぶこと一つ
何か得しそうだから、お金になりそうだ、とか資格もでるから、というきっかけは何だっていい。
大事なのは、そのあとだろう。
夢中を見出す人には誰もかなわない。
ファッションは教えるけど、同じ教えの中でぐんぐん伸びる人は例外なく
夢中になって自分を越えていったひとたちだ。
ファッションは、その手助けはするが本質は自らが変わらないと
オーラはついてきませんね。
画像は MFJ(弊社併設スクール)で学びを続ける有志たちが
私の講演会をサポートしている、サポートチームと打ち合わせの図。この日は入れなかった他4名のメンバー、写っていなくてごめんね。
次なる講演会にて、オーディエンスに蝶ネクタイを結ぶので、その練習もしていますよ。
そう、ボウタイ(蝶ネクタイ)って本来結ぶものなのよ。そしてそう簡単にはいかないものなの。
ちなみに画像にうつるトルソーに掛かっている布は、オールボウタイ(蝶ネクタイ)です。原型はこうなっているんですよ。
ボウタイひとつ、夢中になると、たまらん。![]()
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さ、今日はこれからちょい運動してきます。
そして夜な夜な、コンサルティングだ。
夢中になってきまーす!

